2014年11月13日木曜日

Everyone's a bit of a fixer-upper.

家事や育児、さらに仕事との両立なんてテーマで悩んでいる人の
アドバイスによくあるのは

ひとりで抱えこまないこと
うまく手を抜き、息抜きをすること
ラクをすることは悪ではないということ
完璧を目指さなくてもいいんだということ

だったりする訳でそれには私も賛同しているのですが
その時に難しいのはやっている本人は別に

わたしはパーフェクトなよきハハになることを誓います!


みたいな漲る使命感をもって完璧を目指していないのに
そこに気づいていないことが多いんじゃない?ってこと。

「完璧じゃなくてもいいんだよ」

という言葉をかけられたときの違和感はなんというか
発信側と受け手側の「完璧」の解釈がずれている感じ。

かつてうちの夫が毎朝掃除をしようとする私に向かって

「そんなに頑張って毎日掃除しなくてもいいよ」
「なんでもかんでもちゃんとしなくても大丈夫だよ」

という、おお!やさしきダンナ!すばらしい!コメントを
してくれたことがあるのですが、それに対して私は

わたしは毎日掃除がしたいのである。
→大丈夫と言ってくれたところで部屋が汚いのは嫌なのである。
→だからキミは私が毎日掃除できる環境を整える協力をせよ。

てな感じで、無理しないで、できなくても大丈夫なんて言葉は
なんの足しにもならないんだぜ!って思ってました(ひどい)。

できてなくても大丈夫というメッセージは一見優しいけれど
そこには「できるようになりたい」という相手の気持ちが
置き去りにされてしまうことがある。

完璧であろうとなんかしてない。
日々のことがもうちょっとスムーズにできるようになりたいだけ。
だから「(具体的に)どうしたらできるか」を一緒に考えた方がいい。

そんなことを思う秋の夜長。
手抜きは息抜き~ということで食洗機のスイッチいれて寝ます。