2014年12月27日土曜日

大きくなったら

父「大きくなったら何になりたいの?」

娘「あやちゃんはー、大きくなったらはしごにのぼる!」
(これはちょっとやりすぎである)

今朝、父が使っていた脚立にのぼりたかったのに
「これは、大人しかダメ!」
と言われたのをしっかり心に刻んだらしい。

夢とか目標とか生き方とか信念とか
そんなものないけどどうしよう。って不安になったり
無理に大きく考えすぎなくたっていいんだよ。

でも

ちょっと明確な目標があったほうが無作為に生きるより
日々の生活にハリがでるじゃない?

それが「はしごにのぼる」でも全然はずかしくない。
そんなことを思う年の瀬なのです。

アクティブラーニングという救世主

2014年も昨日にて仕事おさめました。

今年の締めくくりに「大学入試改革」で話題になった中教審の
答申を読んでいてひとりうーむと唸ったりしております。

「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、
大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」

入試改革についてはいろんな識者の方がいろんなことを
もの申しているのでとりあえず置いておいて
個人的に一番気になったのは「アクティブラーニング」は
何かの魔法とでも思ってはいないか、文科省よ。

ということ。

大教室の一方的な授業だけでなく、双方向的な授業や
自ら考察し行動する主体的な学びの機会が増えることは
大変に喜ばしいのですが、それを単純に数だけ増やしても
「アクティブ」の土台格差が起きて結局のところ地盤沈下。
みたいな状況になると思うのです。

理由1:
アクティブと一言でいってもその主体性や自主性の程度は
学生の個人差がすごくあるし、教員のイメージにもかなり
差があると思うのだけど、そこは意図されてない気がする。
(アクティブの定義がそもそもずれているという感じ?)

理由2:
あわせて「まったく知らないものはどうやっても無理」なので
最低限自分の頭で考えられるような知識や技術を抜きにして
アクティブも何もないわい。ということをすっとばして
とにかく学生が主体的に!といってるようにも見える。

ということで

形だけ、名前だけのアクティブラーニングが横行して
一般教養や専門教育の学習が減ったりするんじゃないか?
結果大学での「学び」に拒否反応が出る学生が増えるんじゃないか?
と勝手に危惧している次第です。

なんだか書いててもいまいちまとまらないのですが
とにかくなんだかもやっとする答申なんだよなー。むー。

このモヤモヤ大事だと思うので、年末年始で引き続き考えます。

2014年12月3日水曜日

コーディネート。という仕事

絶賛育児休暇中から絶賛お仕事中になりました。

住まいを変えたこと、仕事のスタイルを見直したこと
あらためて「やっぱり大学が好き」であること

そんな諸々があり11月末にてG-netを卒業しまして
12月から大学職員にもどりました。

これからは留学、インターンシップに続いてボランティアの
コーディネートという形で学生の挑戦を応援します。

しかしあらためてこの「コーディネート」という仕事。
アクティブラーニング御三家みたいな感じで渡り歩いて
その面白さ、難しさ、醍醐味を感じているのですが
なんで続けられるのか?とふと考えたいまの結論は

様々な人生の物語を知り、そこに関わることができる。

という点に尽きるのです。

留学がインターンがボランティアが生み出す物語を
その登場人物たちと共に歩める面白さ。

それは登場人物たちをよく知るほどに面白くなるし
いろいろな場面で自分だったらどうするか考える機会を
もたらしてくれる「疑似人生体験」にあふれています。

大学生の人生の一幕に参加できる。
その一幕をどうしていくか主役と一緒に考えられる。

そんな仕事。

疑似体験で満足して自分自身の物語に向き合うのを
つい疎かにしてしまうのが玉にキズだったりしますが
私が主役になる5年後までいまの仕事で突っ走ります。

えいえいおー、わたし。